「……教授?」

 それは一瞬目を離した時だった。
 学者風の眼鏡の青年──ユアンこと、この《日誌》の主人公でもあるユアン・ハーヴェイは、一緒に来たゴメス教授が、消えていた事に気付いた。

「……全く、あの人は」

 ユアンは深いため息を吐いて、頭を抱える。
 またアノ人の“悪い癖”が始まったのだ。



 《ゲート》をくぐり、ゴメスとユアンはこの世界へと入った。
 彼らは別の世界──魔法のない《現代》とはまた違った、魔法の発達した人間の住む世界から来た。
 ユアンが卒業した魔法学院直属の研究所に、最近異世界から迷い込んだ海洋魔法生物が居るという話が持ち込まれ、興味を示したユアンの上司に当たるゴメス教授が一番に挙手をし、ゴメス率いる研究チームが派遣される事となった。

 ──とはいえ、ゴメスのチームは、人員が少ない為、たった3名。
 ゴメス教授と付添で見習いのユアン、そして研究室に留守番役で残り、連絡塔になる先輩のスカラであった。

「(……こんな事なら、私ではなく、スカラ先輩が来れば良かったのに)」

 居なくなった教授を探しながら、思わず愚痴をこぼす。
 本来なら新人のユアンよりも、スカラの方が適任なのだが、実地はまだという事で言いくるめられ、ユアンが遣わされる事となった。
 本当のところ、スカラは彼女が出来たばかりで、異世界に行きたくないというのが本音のようだが。

 好奇心旺盛で、気付いたらフラフラする教授に、ちゃらんぽらんな先輩という構成で、真面目で目立たないユアンは、流れ的に苦労役を負う羽目になったようだ。
 そうでないでも、三兄弟の次男で、気ままな長男の尻拭いを昔からしつつ、弟の面倒も見て、あまり自己主張のしない子供であった。
 そんな事もあり、あまり友人はおらず、自然と動物に接している方が気楽であったようだ。

「(これは、ある種のブラック職場ですね……入ったばかりだけれど、別の研究所に行く事も少し視野に入れましょうか。22で人生潰すのは懲り懲りですよ)」

 若干感じる胃痛を我慢しつつ、彼は連絡用の水晶を手のひらに浮かべ、教授との連絡を試みるが、どうやら声が届かない場所に居るようだ。


「……ッ、圏外ですか。いいトシして、迷子にならないで下さいよ。

 取り敢えず、先に護衛になる方を探した方が良いですかね。
 経費の問題もありますから、あまり腕利きっぽい方はお呼び出来ないでしょうけれど」


 教授探しは──投げたようだ。
 どうせあの人、ああ見えて魔術の腕はそれなりに達者だから、大丈夫だろう。
 未熟な自分が居る方が、足を引っ張りかねない。

 探しようもないどころか、少し面倒臭く感じたユアンは、スカラに連絡を取ろうとするが……こちらも連絡がつかなかった。

「この研究チーム、終了のお知らせですか……」

 この調査が終わったら、研究室変えてもらおう……。
 そんな事を思い浮かべながら、探索者組合の方へと足を運んだ。


 ──ユアンはそこで、新たな仲間と出会う事になるのだった。
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